“生活保護”と聞くとどのようなイメージを持つでしょうか?
また“生活保護受給者”と聞くと、どのような人だとイメージするのでしょうか?
ニュースなどでも度々不正支給が問題となることから、あまり良い印象はないのかと思います。
私の母は生活保護を貰い生活していますが、世間が思っている以上に生活保護を貰うデメリットや、不自由さも多く存在します。
では、なぜ生活保護を貰うことになったのか、少しお話させていただきます。
今から9年前、両親が離婚したことが家庭環境が変わる大きなきっかけだったと思います。
当時中学生だった私の親権は母が持ち、一緒に市営住宅に引っ越しました。
ところが、自分がしっかりしなくては!と、母はだんだん自分自身を追い詰めるようになりました。
元々元気で笑顔の絶えない母でしたが、このころから私に八つ当たりをしたり、暴言を吐くようになっていきました。
市営住宅に引っ越して1年経つころ、母が過呼吸を起こしたり、眠れずに毎日うなされることが日常化していました。
母方の両親に「お願い。お母さんがおかしいよ。病院に連れて行って!」と話したのがきっかけで、ようやく病院を受診しました。
診断名は統合失調症。
症状は重く、そのまま入院し服薬調整やカウンセリングを受けることになったのです。
母の入院は総合すると、5年に及びました。
入院中は私の携帯に「帰りたい」「死にたい」「助けて」と毎日20通以上ものメールが届いていました。
当時、母に何もできないもどかしさと家に誰もいない寂しさを感じながら、いつかまた一緒に生活することを夢見て毎日学校生活を送っていたのを覚えています。
母にとっても、つらくて長い5年間だったでしょう。
長い入院生活を終えて自宅での生活を考えたとき、生活費の問題が浮上しました。
このとき私は社会人1年目で、社会の厳しさも痛感しながら、些細ながらお金を稼いで生活していました。
母は仕事復帰できる状態ではありませんでしたが、生活費は必須のもの。
では、その生活費をどうするか?
私の給料では母を養うことは困難。
そう考えたとき、出てきたのは生活保護費の受給でした。
生活保護を貰うためには、手続きや担当者との面談を何度も重ねました。
通帳の残高はどのくらいか?車の保険は?生命保険は?
一つ一つ事細かに監査が入ります。
また、車の所持ができなくなり、運転が出来なくなるのは大きなデメリットの一つでした。
生活保護を貰うことで、所得のある私は一緒に生活することが出来なくなるため、仕事を変えてアパートを借り、母の近くで暮らすことにしました。
本当は一緒に暮らしたいという希望があったものの、
母が元気で退院してくれただけでありがたい。
二人で暮らせないとしても、一緒に出掛けたり、楽しく生活しよう。
と気持ちを切り替えることにしました。
いざ生活保護費を受給してみると、その金額の低さに驚きました。
たったの数万円なんです。
これでどう生活するんだろう?と思いました。
確かに通院費はかからないし税金も免除になるけれど、月々の生活で余暇を楽しめる余裕は全くありません。
精神障害者手帳も取得した母。
生活保護費の受給で、障がい者が地域の中で当たり前に暮らしていくことには、まだまだほど遠く、長い道のりであると痛感しました。
現在も母は生活保護を貰い、私は別のアパートで暮らしいます。
この生活に慣れもあるのか、私自身は不自由さを感じなくなり、プライベートを充実させて家庭環境に左右されずに生活できるようになりました。
母もいつも利用している路線バスをきっかけに友だちができ、余暇を楽しんだりしながら生活しています。
統合失調症の治療は現在も継続していますが、少しずつ落ち着いてきているので、今後就労継続支援のサービスを利用して地域社会へ戻る準備を進めています。
精神障害を持つ人や生活保護費を貰う人に対する世間の目は、まだまだ厳しく冷たいものがあります。
でも、母は自分のペースで自分の人生を楽しく生きることを目標に、毎日を過ごしています。
福祉職に就き、元気いっぱいの子どもたちと毎日笑いながらドライブを趣味にして過ごしています。