違和感を覚えたのは29歳のとき、プログラマーの仕事に専念するため一人暮らしを始めたときでした。体の倦怠感がひどく、仕事も遅刻が多くなり、徐々に休みがちになってきました。近所の心療内科に診察へ行ったところ「抑うつ状態」、つまりうつ病と診断されました。しかし、この診断がそもそもの誤りで、その後の治療が大きく長引くことになります。うつ病と診断された後、プライベートでも環境の変化がある中で服薬しながら仕事を続けていたので、会社にもうつ病はもう治まったという認識を持たれていました。
次第にほとんど仕事ができなくなり、休職することになりました。しかし、回復することなく、結局は休職期間満了に伴い退職しました。薬は減らず、たまたま転職に成功したものの長くは続きませんでした。結局は自宅療養という形で治療に専念しますが、一向に良くなる気配がありませんでした。
そんな中、セカンドオピニオンでの再診で判明したのは、自分は「うつ病」だったのではなく、「躁うつ病」だったという事実でした。また、処方されていた薬の量も非常に多かったということです。うつ病と躁うつ病は、根本的に薬が異なるため、減薬と処方内容の調整を行うことになりました。
その後、社労士を介して、障害者年金と精神障害者手帳の取得、国民年金と国民健康保険の支払免除と減額の申請手続きを始めました。諸々の手続きは無事終了し、生活もだいぶ楽になりました。
広告で就労移行支援事業所の存在を知り、通所を始めました。そこは、同じように精神疾患を抱える方々が、ビジネスマナーやスキルを学びながら仕事に就くため訓練できる場所です。初めは少なかった通所回数が、スタッフのアドバイスや医師のカウンセリングにより、目に見えて多くなっていきました。転機は、各オフィスの合同の催し物です。このイベントは、通所しているメンバーが企画・運営するというものです。私はいろいろ兼務しました。ここから体のエンジンがかかってきたように思われます。
体力向上の目的でダンスプログラムがあります。スタジオ内の鏡で全身を正面から向き合い、振付がひとつずつできるようになると、自信がつくのが実感できました。自己分析でも大きな進展を見せました。今まで「まあ好きでやっていた」プログラマーという仕事以外に、本当に自分のやりたい仕事が見えてきたのです。
今後は「今まで自分が助けられたように、同じように努力している人たちを助けたい」という想いを根底に、自分が培ってきたビジネススキルやITスキル、プログラミングの魅力を伝えたいと思っています。聞いてくれた人たちが、興味ある分野が増えて、希望を持ってくれればと思うのです。
36歳の既婚男性で子供がいます。双極性障害ii型(躁うつ病)の治療を続けながら、「今まで自分が助けてもらったことを、同じように努力している人を助けたい」という想いで、福祉関連の仕事のために就職活動中。セミナー講師や本の出版に向けて個人活動も開始。